私の経験

幼少期

姉がピアノを習っていたこともあり、4歳から自然な流れで姉の先生の下でピアノを習い始めました。
木曜日はピアノ、土曜日はソルフェージュ、ピアノは学校が終わったら行く、というスタイルで時間も決まっていませんでした。
待ち時間には前のお友だちのレッスンを聴いたり、写譜をしながら自分の番を待っていたような、時間のゆっくり流れていた時代です。
私にとっては当時、ピアノは「お稽古事」の一つでしたが、この時期にバロックから近現代まで様々な作曲家の小品を学び、膨大な数の練習曲を弾いていたことが、その後のピアノライフを支える基礎となりました。

高学年になり、コンクールに参加するきっかけで遠藤道子先生にアドバイスレッスンに通うようになりました。
ピアノのことはもちろん、マナーや言葉遣いなど、芸事の厳しさを教えていただきました。
5年生は5時間、6年生は6時間練習しなさい!と先生は仰いましたが、自然がいっぱいの北海道で育った私は暗くなるまで野山を駆け回って遊んでいました。
遊びの中で感じたり、考えたり、空想したりしたことが今とても役立っているように思います。

札幌から東京へ

中学生になり、遠藤道子先生に毎週教えていただくようになりました。
当時は先生にご指導いただくために道内各地から何時間もかけて才能豊かなお子様方が集まっていました。
プロを目指している方たちにはとても厳しいレッスンでしたが、努力型の私にはいつも温かく、「貴女は先生に向いているわよ」と当時から指導者になることを進言してくださっていました。

進路を決める段になり、北海道内の教育大学へ進学しようと思っていた私に、恩師は東京へ出ることを勧めてくださいました。
進学校にはいたものの、ピアノばかり弾いていた私の学業成績は散々だったのですが、そこから次の恩師の待つお茶の水女子大学への進学を目指して猛勉強の日々が始まりました。
一年の浪人生活ののち東京へ出ることになりました。

大学での日々

大学では年に2回のピアノ定期試験に加え、2台ピアノや室内楽試験、ゲスト講師によるゼミや講義など、様々なことを広く深く学ぶ機会に恵まれました。
また恩師の遠藤秀一郎先生がポーランドの先生方とも親交があり、ショパンが大好きだった私にブコフスカ先生や、ステファンスカ先生などのレッスンを受ける機会も作ってくださいました。
大学はピアノ演奏だけでなく音楽学も必修で、修士論文を書いたときには、部屋いっぱいに散らかったモーツァルトのピアノ協奏曲のスコアを眺めながら一生のうちでこれほど勉強することは無いだろうと思ったものでした。
徹夜で書き上げた論文を提出したあとすぐに修了演奏会があり、卒業演奏会で弾いたショパンのバラード4番に引き続き、ショパンのソナタの3番を演奏しました。
舞台袖で出迎えてくだった恩師の笑顔が今でも忘れられません。

大学院を修了し、そのまま母校で教務補佐という仕事に就き、バッハの平均律や古典のソナタ中心のレッスンをしながら教授の下で、指導の基本を徹底的に学びました。
その後講師となってからは、バロックから近現代、2台ピアノ、コンチェルトとさまざまな作品を指導する傍ら、自身もウィーンで講習会に参加したり、室内楽や伴奏、ジョイントリサイタルなど演奏活動も精力的に行っていました。
ところがずっと私を見守っていてくださった恩師が難病で他界され、時期を同じくして私も大学を退き、新たな道を歩むことになりました。

ピアノ教室を開設~現在(いま)思うこと

「残りの人生は細々と近所のお子さん達にピアノでも教えようかな?」と長男のお友だちや同じマンションのお子さんたちに声をかけたのが現在の教室の始まりでした。
それまでピアノを習い育ってきた大学生ばかり教えていた私には、真ん中のドを教えるのもひと苦労・・・とまどいの連続でした。
その後「コンクールを受けてみたい!」という生徒さんがいらしたのをきっかけにピティナのコンペティションを知りました。
私としては精一杯指導して送り出したつもりなのに予選も通らない・・・なぜ?何が求められているの??
それから何度も会場に足を運び、からだ全体で音楽を表現しようとするお子さんたちの姿に本当に驚き、私が大学にいた間に日本のピアノ教育はこんなに進化していたのかと思い知らされました。

そこからは生徒さんと一緒に、美しい音色を追求し、確かな技術の習得と、表現力を磨く努力を惜しまず、ステージで輝ける演奏を目指すようになりました。
ピアノ指導には「伝える力」と「引き出す力」が不可欠です。

子どもたちに分かりやすく伝え、レッスン中に本人が理解し、体得するレッスンスタイルを実践しています。
できるまで根気よく向き合い、できたときの喜びを味わっていただくと同時に、一人ひとり自立して練習ができるようにサポートしています。

現在はほとんどが近郊の小中学校に通うお子さんですが、そのほとんどが全国決勝大会に進出し、地域のコンクールでも上位を占めるようになりました。
中学生になると塾や部活動で忙しく、ピアノのプライオリティが下がってしまうことを鑑みて、小学生のうちにハイペースなレッスンを行っています。
コンクールを経験することは素晴らしいことですが、一方で同じ曲を長く弾き続けるために読譜が遅くなったり、肝心の練習曲がおろそかになってしまうことがあります。
私の教室ではハノンや練習曲も必須でテクニックもしっかりと身につけます。

ピアノを「特技」にすることで、周囲からは「一目置かれる存在」になり、自分に自信が持てるようになります。
一つのことをコツコツと忍耐強く努力する姿勢は、人生のどんなシーンでも生かされることでしょう。